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東京地方裁判所 平成4年(ワ)11656号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して一二六三万九七四二円及びこれに対する平成四年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、終身型一時払いの変額保険に加入した原告が、変額保険への加入は、生命保険会社の保険外務員らの違法な勧誘によるものであり、また、加入後も右保険外務員が変額保険の運用実績につき虚偽の事実を告げたため解約が遅れ、その結果、払込み保険料と解約返還金との差額及び解約までの期間の払込み保険料の運用利益相当額の損害を被つたとして、生命保険会社及び保険外務員に対し、不法行為に基づく損害の賠償を求める事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、雇用促進事業団仙台支部に勤務する職員であり、後記本件変額保険契約の申込み当時六一歳であつた。

被告第一生命保険相互会社(以下「被告会社」という。)は、生命保険事業等を営む相互会社であり、被告庄子静子(以下「被告庄子」という。)は、被告会社仙台支社(以下「仙台支社」という。)宮城野支部所属の従業員であり、いわゆる保険外務員である。

2  平成二年五月二八日、被告庄子は、被告会社従業員の柿本昌邦(以下「柿本」という。)と共に、原告をその勤務先に訪ねて変額保険の勧誘を行い、原告は、変額保険の加入の申込みをすることになつた。

なお、柿本は、当時、仙台支社に配属され、ファイナンシャルプランニング担当者として、顧客に対する保険商品その他金融商品のアドバイス等を担当していた。

3  同年六月三日、原告、原告の妻甲野花子並びに原告の子甲野一郎及び甲野二郎は、原告宅にて被告庄子が同行した被告会社担当医師による保険診査を受けた。

4  同年六月五日、原告は、被告会社に対し、以下の内容を骨子とする四件の変額保険契約(以下「本件変額保険契約」という。)の申込みをし(契約日は同年七月一日)、同日、保険料合計五一八〇万円を支払つた。

(被保険者) (保険料) (基本保険金)

(一) 甲野太郎 二一八〇万円 四二〇〇万八六〇〇円

(二) 甲野花子 一〇〇〇万円 二三四七万円

(三) 甲野一郎 一〇〇〇万円 四八二八万円

(四) 甲野二郎 一〇〇〇万円 五九八二万円

5  原告は、いわゆる契約者貸付制度の利用により、被告会社から、平成三年四月三日、前記(一)の変額保険契約につき一〇〇〇万円、同月四日、前記(二)の変額保険契約につき四〇〇万円の合計一四〇〇万円の借入をした(以下「本件契約者貸付」という。)。本件契約者貸付の利息は年七パーセント、期間は貸付日から解約日までである。

6  被告会社の変額保険の運用実績は芳しくなく、本件変額保険契約締結以後、解約返還金の額は払込み保険料の額を下回り続けていた。

7  同年一〇月三一日、原告は被告会社に対し、本件変額保険契約をすべて解約し、(一)の変額保険契約につき解約返還金(一九六五万〇三二〇円)から契約者貸付金の元本及び利息を控除した支払金九二五万一二一〇円、(二)の変額保険契約につき解約返還金(八九四万八七〇三円)から契約者貸付金の元本及び利息を控除した支払金四七九万一二三六円、(三)の変額保険契約につき解約返還金として八二四万二九五八円、(四)の変額保険契約につき解約返還金として七九六万二五九六円の合計三〇二四万八〇〇〇円の支払を受けた。

二  争点

1  平成二年五月二八日の被告庄子及び柿本の勧誘並びに同年六月三日の保険診査時の被告庄子の説明が違法なものであり、不法行為に該当するか。

(原告の主張)

平成二年五月二八日の勧誘の際、被告庄子及び柿本は、原告に対し、変額保険について、「第一生命が運用するので、解約返還金の金利は年九パーセントは確実であり、銀行に預けるよりはずつとよい。」旨の説明を行い、株式投資等の運用実績により解約返還金の額が大きく変動し、解約返還金の額が払込み保険料の額を下回る危険性のあることを説明しないで、変額保険への加入を執拗に勧誘した。また、同年六月三日の保険診査時に、被告庄子は、原告に対し「現在一七パーセントですから、これは絶対確実ですよ。」と虚偽の説明をし、変額保険の解約返還金の払込み保険料に対する利回りが非常に高率で、しかも安全確実なものであると誤信させた。

被告庄子及び柿本の右勧誘等の行為は、断定的判断を提供し、かつ合理的な根拠の全くない事実、意見を述べるもので、保険募集の取締に関する法律一六条一項一号に該当するのみならず、保険の勧誘行為として許容される限度を越え、違法性を有し、不法行為に該当する。

(被告の主張)

被告庄子及び柿本が、原告に対し、年利九パーセントは確実であるなどと説明し、変額保険への加入を執拗に勧誘したことはない。右両名は、変額保険について、払込み保険料は他の保険の保険料とは区別して特別勘定で運用し、その運用実績により死亡・高度障害保険金の額が変動すること、運用実績により変動保険金がマイナスになつた場合でも、保険事故が発生した場合は基本保険金額は保障すること、解約返還金も運用実績如何により増減することなどを説明した。右説明は、被告庄子が作成した変額保険の設計書に基づき行われたものであり、また契約申込書受領時に原告に交付した「ご契約のしおり--定款・約款」にも右説明と同旨の記載があつた。

被告庄子及び柿本は、変額保険は経済動向の影響を受けるハイリスク・ハイリターンの商品であるので、リスクの少ない一時払い養老保険等の他の保険と組み合わせることを勧めたが、原告は変額保険以外には興味を示さなかつた。

保険診査時には、原告と被告庄子の間で変額保険の利回りについてのやりとりはなかつた。

2  本件変額保険契約締結後の被告庄子の説明が違法なものであり、不法行為に該当するか。

(原告の主張)

本件変額保険契約締結後解約までの間、原告が被告庄子に対し、原告の勤務先や電話において「変額保険の方は大丈夫か。」と尋ねるたびに、被告庄子は「年利一七パーセントは確実だから心配ない。」などと虚偽の説明をした。

平成二年七月一二日、原告が被告庄子に対し、翌年の所得税等の納付資金について相談したところ、被告庄子は、変額保険の実際の運用実績がそうなつていないのに、現在年利一七パーセントの利率であると虚偽の説明をし、本件変額保険の一部解約より、被告会社から年利七パーセントの契約者貸付を受けた方が得策であるとして、右貸付を受けることを勧めた。

平成三年四月、原告は、被告庄子の勧めに従い、納税資金の調達のために本件契約者貸付を受けたが、その際にも、被告庄子は、変額保険の運用実績について年利一七パーセントは確実であるなどと虚偽の説明をした。

本件変額保険契約締結後の被告庄子の原告に対する右一連の説明は、虚偽の事実を告げ又は正確な情報を隠蔽して原告の本件変額保険契約の解約の機会を奪つたものであり、違法性を有し、不法行為に該当する。

(被告の主張)

平成二年七月一二日、原告から被告庄子に対し、税金の納付のために被告会社から借入れをしたいとの話があつたので、被告庄子が、被告会社が貸金をすることはできないが、契約者貸付制度の利用はできる旨話したことはある。しかし、その際、利率について述べたことはない。

契約者貸付の際に、被告庄子が年利一七パーセントは確実であるなどの説明をしたことはない。

第三  争点に対する判断

一  平成二年五月二八日の勧誘及び同年六月三日の説明の状況について

1  《証拠略》によれば、本件変額保険契約の締結に至る経緯について以下の事実が認められる。

平成二年五月ころ、原告は、所有土地の売却により五〇〇〇万円を超える金員を入手できる見込みがあつたため、その有利な運用方法を検討していたところ、職場の同僚から、高金利の保険があるので、原告らの勤務先に出入りしている被告庄子に尋ねてみるように勧められた。そこで原告は、勤務先の相談室で、被告庄子から二回ほど変額保険等の保険商品について説明を受けた。その際、原告が、変額保険に強い関心を示し、しかも、原告の考慮している払込み保険料が約五〇〇〇万円と高額であつたため、被告庄子は柿本に、原告に対する変額保険の説明を依頼した。

そして、同月二八日、被告庄子は柿本を伴い、原告の勤務先を訪問し、相談室において、原告に対し変額保険について説明を行い、加入を勧誘した。当日の説明は主として柿本が行い、被告庄子において予め保険料を概算で原告につき二〇〇〇万円、原告の妻子三名につき各一〇〇〇万円(合計五〇〇〇万円)として作成してあつたいわゆる変額保険の設計書を用いて、変額保険の特性、特に、死亡保険金及び解約返還金の額が特別勘定の運用実績に応じて増額すること、解約返還金については、払込み保険料のいわゆる元本保証がなく、特別勘定の運用は株等の有価証券を中心に行われているのでリスクがあることなどを説明し、リスクのない商品として、一時払い終身保険の定額型と一時払い養老保険を紹介し、これらを組み合わせることを勧めた。しかし、原告は、変額保険以外の商品には興味を示さず、同日、被告会社の変額保険に加入することを決意した。

翌二九日、被告庄子は、原告の勤務先に、被保険者を原告及びその妻子の四名とする四件の変額保険契約を締結する前提で申込書を四通持参した。原告は、右申込書を自宅に持ち帰り、契約者欄にはいずれも原告が、被保険者欄には原告及びその妻子がそれぞれ署名押印して、同年六月一日に原告の勤務先で被告庄子に渡した。

そして、同月三日、原告らに対する保険診査を経た後、同月五日、原告は、所有土地の売却代金として入手した五一七九万二〇〇〇円の小切手に、現金八〇〇〇円を足した上で、払込み保険料として合計五一八〇万円を被告庄子に交付し、本件変額保険契約の締結に至つた。

2  ところで、原告は、平成二年五月二八日の勧誘の際に、被告庄子及び柿本が、「解約返還金の金利は年九パーセントは確実である。」旨の断定的判断を提供し、変額保険の解約返還金の額が払込み保険料の額を下回る危険性のあることを説明せず、また、同年六月三日の保険診査時に、被告庄子が「現在一七パーセントですから、これは絶対確実ですよ。」と虚偽の説明をした旨主張し、《証拠略》中には右主張に沿う記載ないし供述部分がある。

しかしながら、被告庄子及び柿本が、原告に対し、解約返還金については払込み保険料のいわゆる元本保証がなく、リスクがある旨説明したことは前認定のとおりであり、また、前記認定事実と前掲各証拠によると、原告は、従前から資金の有利な運用方法を具体的に検討し、投資信託による運用利回りとの比較も行つた上で終身型一時払いの変額保険の方が有利であるとしてこれに加入したものであり、保険事故に備えるという点もさることながら、むしろ有利な利殖の手段であるとの認識の下に積極的に本件変額保険契約の締結に及んだこと、遅くとも本件変額保険契約の申込み時までに、被告庄子から原告に対し「ご契約のしおり--定款・約款」と題する冊子が交付されたが(なお、《証拠略》中には、同冊子の受領を拒否する部分があるが、乙第二号証の一ないし四(本件変額保険契約の申込書)の「ご契約のしおり--定款・約款」の契約者受領印欄にすべて原告の押印があることに鑑みると採用できない。)、同冊子には、払込み保険料が株式投資等で運用されること及び運用実績により解約返還金の額が変動し解約返還金の額が払込み保険料の額を下回る可能性のあることが明示されていることが認められ、これらの事実に、後記認定の本件変額保険契約締結後、原告は折にふれて被告庄子に対し、「変額保険の方は大丈夫か。」と尋ねるなどしていた事実を合わせ考えると、原告は本件変額保険契約の申込み時において変額保険の有するリスクについて十分な認識を有しており、それ故に、その時々の運用実績が原告の最大の関心事であつたものと認められるのであつて、これらの点に鑑みると、原告の主張に沿う前記各証拠は、いずれも信用性に乏しく採用できず、他に原告の主張を裏付けるに足りる証拠はない。

以上のとおり、原告は、専ら、自己の判断と責任に基づいて本件変額保険契約を締結したものというべきであり、被告庄子及び柿本の勧誘ないし説明に違法な点があつたとは認められない。

二  本件変額保険契約締結後の被告庄子の説明の状況について

1  《証拠略》によれば、本件変額保険契約締結後解約に至るまでの経過について以下の事実が認められる。

本件変額保険契約締結後、原告と被告庄子は、原告の勤務先で度々顔を会わせ、また原告は、被告庄子に電話をしたり、被告庄子を仙台支社宮城野支部(以下「宮城野支部」という。)に四、五回訪問し、その都度「変額保険の方は大丈夫か。」と尋ねるなどしていた。これに対し、被告庄子は、運用実績が芳しいものでないことを告げたが、具体的な解約返還金の額は直ちに判明しなかつたため、告げなかつた。

平成二年七月一二日、原告が、宮城野支部を訪ね、被告庄子に翌年の所得税等の納付資金について相談をしたところ、被告庄子は契約者貸付制度の利用が可能である旨を話した。そして、平成三年四月二日、原告は宮城野支部で本件契約者貸付の手続を行つたが、原告を被保険者とする前記(一)の変額保険の保険証書だけでは担保として足りなかつたので、原告は翌日、妻花子を被保険者とする前記(二)の変額保険の保険証書を宮城野支部に持参し、担保として差入れた。

平成三年七月、原告は被告会社から「変額保険のご契約内容(契約応当日現在)のお知らせ」と題する書面の郵送を受け、平成三年七月一日現在の具体的な解約返還金の額を知り、その合計額が払込み保険料の合計額より約一〇〇〇万円近く低い額であることを知つた。そこで、原告は、同年八月三日、宮城野支部に行き、被告庄子及び宮城野支部長と面談し、本件変額保険契約の解約を申し出たが、被告庄子は、将来運用実績が好転することもあり、保険事故に対する保障は終身継続することも考慮するよう述べ、解約を思い止まるように説得した。

その後、原告は解約返還金の現在高を知ることができるカードを作成し、また、電話により仙台支社から解約返還金の現在高を聴取してこれを記録し続け、更に、仙台支社において本件変額保険契約にかかる設計書を改めて作成したもらいその交付を受けるなどし、解約返還金の具体的な額の把握に努めていたが、結局、解約時に、解約返還金から契約者貸付金の元本及び利息を控除した後の受取金額が三〇〇〇万円を超えたところで解約することを決意し、その時期の到来するのを待つた上で、同年一〇月三一日に仙台支社において本件変額保険契約の解約をした。

2  ところで、原告は、本件変額保険契約締結後解約までの間、納税資金についての相談の時や本件契約者貸付の時などに被告庄子が「年利一七パーセントは確実だから心配ない。」などと変額保険の運用実績について虚偽の説明をし又は正確な情報を隠蔽したため、本件変額保険契約の解約の機会を奪われたと主張し、《証拠略》中には右主張に沿う供述部分があるが、右供述部分は前掲各証拠と対比して信用性に乏しく、また、原告が納税資金の調達のために、本件変額保険契約の解約ではなく契約者貸付を利用したという事実及び本件変額保険の解約返還金の額が払込み保険料の額を下回り続けていたにもかかわらず原告が契約後約一年四か月も経過するまで本件変額保険契約の解約をしなかつたという事実をもつて、原告の右主張事実を推認することもできない。

もつとも、《証拠略》によると、被告庄子は、当時変額保険の運用実績は低迷しているもののいずれ好転するであろうと認識しており、原告に対し、自己の意見として将来の運用実績について楽観的な見通しを述べたことが窺えるが、被告庄子の右言動をもつて虚偽の事実の告知あるいは正確な情報の隠蔽とみることはできないし、原告が自己の判断と責任において本件変額保険契約の解約を決するにつき妨げになる事情ということもできない。

他に、被告庄子が保険の運用実績について虚偽の説明をし又は正確な情報を隠蔽したという事実を認めるに足りる証拠はなく、本件変額保険契約締結後の被告庄子の説明に違法な点があつたとは認められない。

三  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却する。

(裁判長裁判官 山崎敏光 裁判官 小川 浩 裁判官 楡井英夫)

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